第一章

第一章

僕の名前は、有村 英人(アリムラ エイト)。
地方都市で生まれ、大学進学のために東京に出てきて、東京のある商社に就職をした。
今、25歳。
就職して3年目になり、ひと通りの仕事は経験し、もうだいぶ慣れてきた。
数ヶ月前までは、仕事を覚えるのに追われて、目の前のことに対処するので一杯一杯だった。
今は、まだ先輩の指導を仰ぎながらとはいえ、小さな仕事ならば任せてもらえるようにもなってきた。
少し心の余裕ができてきたので、周りが見えるようになったり、将来のことを考えられるようになってきた。

そんなある日、祐司くんから飲みに誘われた。

祐司くんとは会社の同期だけど、それほど親しいというほどの関係でもない。
同期の集まりで、顔を合わせれば挨拶はするし、数人のグループで話しているときに、その中に一緒にいたことがあるという程度だ。
見た目のせいか、少しチャラい感じがして、あまり深い話をしようと思ったことはなかった。
だから、二人っきりで話したこともないし、まして、二人で飲みに行くなんて初めてのことだ。

なにやら、いつになく真剣な雰囲気だったので、誘いに乗ってみた。
一体、僕に何の用事だろう?
少しドキドキしながら、待ち合わせのお店に向かった。

お店に入ると、祐司くんはすでに席に着いていた。

 祐司:こんばんは。英人くん。
    今日は時間作ってくれてありがとう。
 英人:祐司くん、今日は誘ってくれてありがとう。
    二人で飲むのって珍しいよね

と、しばらくはぎこちない会話が行き交っていた。
天候の話をしたり、最近話題のニュースのことを話したり、会社の仕事のことだったり。

お酒も入り、だいぶ口がなめらかになって来たころ、祐司くんの表情がキリッと引き締まった。

 祐司:あまり人には話したことないんだけど。

祐司くんは本題を切り出し始めた。

 祐司:俺にはどうしても叶えたい夢があるんだ。
    子どものころからずっと想い描いてきた夢。

祐司くんは、その夢の内容、いつどんなきっけかで、その夢を持つことになったのかを語った。
その語り口は静かではあったけれど、その夢への想い、情熱が熱く伝わってきた。
本当に想い続けてきた自分の夢を語るとき、人はこんなにも表情豊かに、顔が輝くものなんだ、と目を見張った。

 英人:どうしたの?

ひと通り夢を語り終えた祐司くんの表情がふと曇ったことに気づき、訪ねてみた。

祐司はため息まじりに

 祐司:でも、ダメなんだ。

と俯向いた。

 英人:なんで?
    素晴らしい夢じゃないか。
    何がダメなんだよ。

 祐司:ずっと持ち続けてきた夢だけど、叶えるのは無理なんじゃないか
    と思うようになったんだよ。
    夢を叶えるために、今の会社に就職はしてけれど、
    毎日がんばって仕事をしているして、それなりに業績も上げている。
    それでも、夢の実現に近づいている実感が湧かないんだよ。
    客観的に考えても、夢に近づいているとは言えないしね。

    それで、何か違うこと、新しいことをやろうと考えた。
    でも、何から始めたら良いのか、何をどうしたら良いのか、
    どうやったら夢の実現に近づけるのか、どうやって実現するのか、
    分からないんだよ。
    何かをやろうって言ったって、資金もないし、仕事が忙しくて
    時間もない。仕事で疲れて体力もない。人脈だって同年代の飲み
    友達がいる程度だ。

祐司は、ここまで一気にまくしたてた。
思い詰めているというほど深刻な様子ではないが、なんとかしたくて
もがいていることは分かった。

 英人:祐司くん、何でそんな話を僕にするの?
    今日は、この話をするために誘ったの?

 祐司:ごめん、ごめん。
    愚痴を聞いてもらうために誘ったんじゃないんだよ。

    英人くんとは、同期というだけのつながりで、みんなで集まるときに
    顔を合わせる程度。
    みんなの中で英人くんが話しているのは聞いたことがあった。

    でも、この間、社内で英人くんを見かけたときに感じたんだよ。
    今まで僕が見てきていた英人くんとその時の英人くんは別人の
    ようだった。
    前回、同期のみんなで飲んだのは、3ヶ月前。
    そのときとは明らかに英人くんの雰囲気が違っていたんだ。
    言葉ではうまく言い表せないけれど、自信にあふれているというか、
    堂々としているというか、頼りになるというか、なんかそんな感じが
    したんだ。

 英人:はぁ、なんだかくすぐったいけど。そうだったんだ。

 祐司:それで、この3ヶ月の間に、英人くんがそれだけ変化した理由は
    なんだろう? と思ったんだ。
    夢を実現するためにどうしたら良いか分からなくなっている自分に
    とって、そんな英人くんの話を聞いてみる価値があるのではないか、
    そんな風に思えてならなかったんだ。
    もし、それが思い違いだったとしても、英人くんと仲良くなって
    損することはないからね。
    そう思って、英人くんにいろいろ話を聞かせてもらいたくて
    誘ったんだ。

    なぁ、俺はもう人には話さないようなことを話したんだ。
    この3ヶ月で何があったのか、ぶっちゃけ話を聞かせてくれよ。

 英人:そこまで言うなら話してもいいけど。
    でも、その前に確かめてもいい?

英人は、祐司の夢への想いの強さを感じ取ることができた。
そこで、英人は、祐司にある提案をすることを思い立った。

一方で、祐司の問題点にも気づいていた。
なので、思いついた提案をする前に大事なことを確認することにした。

 英人:祐司くんの夢を実現したいという想いは良く分かったよ。
    僕も祐司くんがその夢を実現できたらいいと思った。
    だから、その役に立つのなら、喜んで僕の話をするよ。
    そして、祐司くんのためにある提案も考えた。
    その提案をする前に、一つ確かめてもいい?

 祐司:なに?

 英人:祐司くんは本当にその夢を実現したいと思ってる?
    もっというなら、その夢を実現するために必要なことなら、
    何でもやってみようという気持ちはある?

 祐司:あぁ、もちろん実現したいと思っている。
    夢の実現に近づけることなら、何でもやってみる用意はある。

 英人:分かった! その言葉を聞いて安心したよ。
    それじゃ、僕の話をするね。

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