知覚と存在

山奥の深い森で、一本の木が立ち枯れて折れました。

そのとき、音を立てて倒れたのですが、
その音を聞いた人は誰一人としていません。

このようなとき、
「この音は存在した(していた)」と言えるのでしょうか?

誰も知覚していないので
「この音は存在しなかった(していなかった)」と言えるのでしょうか?

(この際、虫や鳥、動物が聞いていたというのは抜きにして)

この出来事は 存在する(した)のか? していない(しなかった)のか?

実際には、生態系を通して、間接的に、影響を受けている可能性もあるし、

その木が CO2 を吸収してくれていた分がなくなったということで、
間接的には繋がっている可能性もあって、
完璧に無視することができないかもしれない。

しかし、それらの知識すらなかったとしたら

知覚できなかった(されていなかった)=存在しなかった

と言えるのではないか?

逆の言い方をすると
人間が知覚することで、存在を確認しているとも言える

昔、アメリカ大陸がヨーロッパ人に発見される前、
ヨーロッパ人にとっては、アメリカ大陸は存在していなかった。

一方、ネイティブアメリカンにとっては、
もともと存在していたもの

宇宙も同じ

意識=脳 は外界の情報を五感を通して知覚する

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