「思考のクセ」メール講座の全体像

「思考のクセ」とは何か?
その全体像を説明いたします。

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2日目の今回は、

「思考のクセ」が

・どのように出き上がって
・人生にどのような影響があるのか
・どうやって見つけて
・どうやって矯正するか

という全体像をご理解いただきたいということと、
もう少し私のことを知っていただきたいということで、

私の事例を紹介することから始めたいと思います。

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私は元々人見知りだったということは、前回にも書いてきました。

独立をして、コミュニケーションや心理学を
学び始めたと言いましたが、
そのセミナー会場で、初対面の他の参加者に声をかけるのが
とても苦手だったのです。

これは、私の人見知りの性格だから仕方がないと思っていました。

ところがです。

後に私は、講師としてセミナーを開催するようになりました。

そのセミナー会場で、セミナー開始前に
初対面の参加者に平気で声をかけている自分がいました。

講師という立場の自分ならば、人見知りの性格が現れないのです。
というか、人見知りは性格ではなく、場面によって現れる
私の「思考のクセ」なのではないか? と思い始めたのです。

「思考のクセ」なのではないかと思い始めた私は、
次に、どんな条件で、この「思考のクセ」が発動するのか
を探り始めました。

自分がセミナーの参加者の立場だと「人見知り」が発動し、
自分がセミナーの講師の立場だと「人見知り」が発動しない。

この違いは何なのか? ということです。

そして、その違いについて、次のことが分かりました。

自分が参加者の立場のときは、
他の参加者は、私に会いに来ているのでもなければ、
私の話を聞きに来ているのではありません。

自分が講師の立場のときは、
私に会いに来ているか、私の話を聞きに来ているのです。

この違いが「人見知り」という「思考のクセ」の発動に
関わっていることが分かったのです。
(すぐに、このことに気付けたワケではありませんが)

次に、この「思考のクセ」ができたきっかけを
ときには人の力を借りて、ときには自分の力で、
探ってみました。

私に会いに来ているのでもなければ、
私の話を聞きに来ているのでもないとき、
自分からは話しかけられない。
自分からは話しかけないようにしている。

この「思考のクセ」はどこから来たのか?

幼少時代を思い返しました。

そして、あることを思い出したのです。

私の実家はクリーニング業を営んでいました。
私たちの家族は、店舗兼自宅に住んでいました。

ですので、洗濯物の集配の時以外は、
両親ともに、店舗兼自宅にいました。

幼少のころの私は、両親が近くにいるので、
かまってほしくて、話しかけます。

しかし、仕事中の両親は、

「あとでね」

と言って、取り合ってくれません。

今を生きている(今だけに生きている)、
時間の観念がまだない子どもには、
「あとで」の意味がまだ分かりません。

「あとでね」=「拒絶された」と受け取ったのでしょう。

「自分から話しかけても拒絶される」と勘違いしたのでしょう。

そして、「拒絶される」ショック、寂しさ、悲しさ、
を二度と感じなくても良いように、

「相手から話しかけれるまで、こちらからは話しかけない。」

という、マイルールを作ったのでした。
(注:マイルールとは、
   自分で勝手に決めた、自分を律するルールのこと)

今回のこのような分析をするまでは、
このマイルールを作ったことなど、
1ミリも覚えていませんでした。

それでも、このマイルールを作ったときから、
私は意識せずに、初対面の人に自分から声をかけることを
しなくなったのです。

それがいつしか、
自分からは声をかけられない性格 = 人見知り
ということにしてしまったのです。

「思考のクセ」が見つかったら、
次は、その「思考のクセ」を矯正するのですが、
その方法は2種類あります。

詳しいことは、6日目でご紹介しますが、

【方法1】は、
「思考のクセ」が発動したら、別の理想の行動に置き換える。
というモノです。

【方法2】は、
「思考のクセ」ができたきっかけになっている記憶に
アプローチをするというモノです。

私の例では、【方法1】を選びました。
人見知りの「思考のクセ」が発動したら、
ちょっとの勇気を出して、自分から声をかけるようにしています。

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と、このように、性格だと思っていた人見知りが、
実は「思考のクセ」だったということなのです。

人見知りが性格だから仕方ないと諦めてしまって、
「思考のクセ」だと認識することができなかったら、
人生でどれだけ損をすることになっていたでしょうか?

そして、ちょっとした疑問を持つことで、
「思考のクセ」を見つけることができました。

その「思考のクセ」がどのように出来上がったのかも
思い出すことができました。

見つけた「思考のクセ」に対処することもできました。

これが、「思考のクセ」を扱う全体像です。

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明日は、「思考のクセ」の正体に迫ってみたいと思いますが、
先行して、少しお話をしたいと思います。

「思考のクセ」とは、

「自分の中にいる、さまざまな考え方をする小さな自分たち」

と考えると分かりやすいかもしれません。

どういうことかと言いますと・・・

自分の中の天使と悪魔が会話しているという喩えがありますよね。

悪魔「いいじゃないか、食べちゃいなよ」

天使「え、でも、今ダイエット中だからダメだよ」

悪魔「ちょっとくらいいいじゃないか。美味しそうだろう」

天使「せっかくここまで我慢してきたんだから〜」

みたいな。

自分の中に、

・天使のように自分を律するような考え方をする自分
・悪魔のように自分を貶めるような考え方をする自分

がいるという喩えです。

天使と悪魔の喩えでは、

自分を律する天使と誘惑する悪魔の二項対立ですが、
「思考のクセ」に関していうと、それ以外のさまざまな考え方を
する自分がいくつもいると考えると分かりやすいかもしれません。

中には、

・1人で静かに過ごすのが好きな自分
・たくさんの友人に囲まれて賑やかに過ごすのが好きな自分

というように、相反する小さな自分がいることもあります。

また、

A:「独立・開業をしよう」

という目標を持つ小さな自分がいる一方で、

B:「従業員として、安心して仕事をがんばりたい。」

と思う小さな自分がいたりします。

そのことに気付いているか、そうでないかは、
目標達成に向かう道のりは違ってきます。

気付いていなければ、がんばっても、がんばっても
B: という小さな自分が、
目標達成(独立・開業)を邪魔してきます。

気付いていれば、B: という小さな自分を説得して、
目標達成できるかもしれません。

もしくは、B: という小さな自分を大事にして、
目標を変更するかもしれません。

A: という小さな自分もB: という小さな自分も満足いくような
手段、方法を見つけ出すことができるかもしれません。

今後、このメール講座では、
「思考のクセ」を「自分の中にいる小さな自分たち」
という喩えで説明することがありますので、
覚えておいてくださいね。

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それでは明日は、「思考のクセ」の正体に
本格的に迫ってみたいと思います。

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